SSブログ

私が今も元気な訳 [健康]

こんにちは。

関東地方は今日も暑い日になりました。
昨日より健康の話をして来ました。
爺むさいという言葉を近頃あまり聞きませんが、
変わって、加齢臭などという怖い言葉が時々使われます。
こんな事を気にするようではいけませんね。

2.高齢者について

辞書によると、高齢者とは通常65才以上の人について言われる言葉で更に、65才から74才までを前期高齢者とし、75才以上を後期高齢者と分けるとなっています。
この呼び方が高齢者社会となった我が国では保険制度に関わって、差別であると問題になっています。
差別と言えば、70才以上の高齢者の自動車運転免許証を取得した後、「もみじ」マークをつけて通行しなくてはならぬと規制がありますが、そのマークがもみじには見えず、
「枯れ葉」マークとしか見えぬと問題となり、
デザインを変えようとの話もあったそうです。
しかし、デザイン以外の理由もあって、
結局今年から強制はなくなりました。

preview.gif


いわゆる高齢者の数が増えつづける今の日本において、
高齢者だからどうという考え方には無理が生じています。
私もとっくに高齢者に分類されていますが、
それはそれとして、今更若返ることは出来ませんから、
若い人に伍して、活動できる体力、気力を持っているつもりと
自信があります。
そこで、その自信の体力と気力はどの様に培って来たかについて書いてみます。
元気を保つには、精神面と肉体面の要素から見る事ができます。
わかり易く肉体的な面の話をしますと・・・
と言っても私の話ですからそれ程大したことではありませんが、本気にいつまでも元気を保ちたいと思っている人は、
最後まで読み進んで下さい。
何か思いあたることもあろうかと存じます。
先ず、体力は身体を鍛えなければ身に付かないのは明らかで、
私がどうして今も体力を保って来れたかを見るともっと良く分かります。
実は、私は子供の頃から大変なスポーツ少年だったのです。
この次から、私の若き日の運動の歴史です。(つづく。。。)





健康談義 [健康]

こんんちは。

私は、この8月で満71才になります。
少し立ち止まって、健康や体力・気力など、いろいろ考えて
みたいと思います。

1)年をとることについて

私がずうっと若かった頃、自分で自分が年寄りだと
本気で言うようになるのだろうかと、
周りの老人達を見た時に考えたことがあった覚えがあります。

年々、年をとることが老化しているという実感がないまま、
いつの間にか、この年になってしまいました。
それでも、年をとる事に関して言えば、自分が未知の世界に入るとの思いが一瞬頭の中をよぎることがありました。

それは50才代から60才代になる時や、
60才代から70才代になるような、いわゆる節目に当る時などです。
その時の思いは個人差があるとは思いますが、
私は還暦祝とか古希の祝をしてもらう時に抱く思いとは
違うように思います。

還暦とか古希というのは、
社会生活上行われて来た長寿を祝う習わし行事であり、
当人一人が長寿の思いにふけるわけにも行かない所があるのです。


71ed396efb6410243b65eecb04be560c_300_225.jpg
              写真素材PIXTA

眺望がきく所に立って見える景色です。

ところが、中年を過ぎ、ある年代が終わって新たな次の年代に入る時は年代が移行する少し前の当りから人知れず緊張が続きました。
これは単に自分が年をとってしまったとか、
老化が進んでしまったという事ではなく、
これから先、生き続ける人生において想像もしないような事、
或は未経験の事柄が自分や自分の周囲に襲ってくるかもしれないという
思いなのです。

その前までは誰もがやって来れた事で、経験則の範囲として
対応できたのですが、
年を重ねるに従って、未知の世界に踏み込んでしまったという
不思議な気持ちなのです。(つづく。。。)

写真素材PIXTA

橋のずっと向こうまで路は続いています。


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。